クチュ家

オゴタイの子クチュの子孫について調査中です。

オゴデイ
 ├クチュ
   └シムレン 

クチュについては、

オゴタイの三男。皇子の中で一番優秀で後継者ともくされていた。中華戦線総司令(南征)、1236年湖広にて病死した。

ということくらいしか分かりません。クチュの子シムレンはハーンに推された人物だったようで、「蒼き狼と白き牝鹿・未登場人物伝」によれば、

モンゴル帝国の王族。オゴタイの孫で早世したクチュの長子。オゴタイから寵愛され後継者と目されていたが、グユク没後にトゥルイ家のモンケが即位したためにハーンへの道は閉ざされた。オグルガイミシュと結んでモンケの暗殺とハーン位への登位を企むも計画は事前に露見し、タマチに流された。シレムンに目をかけるフビライは彼を大理遠征に随行させて罪をあがなわせようとするが、オゴタイ家の復権を恐れるモンケによって陣中で暗殺された。

とのことです。